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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)1192号 判決 1974年4月08日

原告 小平信久

被告 富士機器株式会社

主文

被告は、別紙物件目録(一)記載の合成繊維の熱処理装置を製造販売してはならない。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨の判決を求める。

二  被告

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は、原告の負担とする。

との判決を求める。

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  原告は、次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という。)の実用新案権者である。

出願者   昭和三七年一〇月一九日

(実用新案登録願昭三七―六一〇四六)

公告日   昭和四一年三月一一日

(実用新案出願公告昭四一―四〇〇九)

登録日   昭和四一年八月二四日

登録番号  第八〇九二〇九号

考案の名称 合成繊維の熱処理装置

(二)  本件考案の願書に添付した明細書の実用新案登録請求の範囲の項の記載は、次のとおりである。

「竪長の密閉容器1に竪方向の溝2を形成し、該密閉容器1を上部連通管3及び下部連通管4で複数個結合し、密閉容器1の下部及び下部連通管4内に熱媒溶液6を入れ、その上方を熱媒蒸気室5とし、蒸気室5の容積を熱媒溶液6のそれよりも大ならしめ、又熱媒溶液6内に加熱体7を設けた合成繊維の熱処理装置。」(別添本件考案の実用新案公報参照。以下本件考案についての番号は、同公報記載のものを指す。)

(三)  本件考案の構成要件は、次のとおりである。

1 竪長の密閉容器1に、

(1) 竪方向の溝2を形成し、

(2) 該密閉容器1を、

イ 上部連通管3及び下部連通管4で、

ロ 複数個、

ハ 結合し、

2 密閉容器1の、

(1) 下部及び下部連通管4内に熱媒液6を入れ、

(2) その上方を熱媒蒸気室5とし、

(3) 蒸気室5の容積を熱媒溶液6のそれよりも大ならしめ、

3 また、熱媒溶液6内に加熱体7を設けた、

4 合成繊維の熱処理装置。

(四)  本件考案の作用効果は、次のとおりである。

1(1) 本件考案にかかる合成繊維の熱処理装置は、密閉容器1が竪長であるため、熱媒溶液6の量が少量で済むので、経済的であり、また、本件考案の装置を合成繊維の捲縮装置の捲縮糸条出口にすえ付けた場合、捲縮装置から出てくる捲縮糸条か本件考案の装置の溝2内を移動する際、溝2を形成したことにより、捲縮糸条を三方から加熱し、捲縮状態をヒートセツトすることを可能にした。

(2) 前述(三)1(2)の構成により、複数個の密閉容器1の内部温度を均一にし、同一温度でヒートセツトすることができる。

2(1) 前述(三)2(1)の構成により、前述(三)1(2)の構成と相まつて、熱媒溶液6の量が少量であつても、複数個の密閉容器1を均一に加熱することを可能とした。

(2) 前述(三)2(2)(3)の構成により、熱媒溶液6が少なくても、熱媒蒸気が熱媒蒸気室5に沢山たまることを可能とし、その結果、捲縮糸条に熱を与えても、装置全体の温度変化がきわめて少なく、均一温度でヒートセツトできる。

3 前述(三)3の構成により、前述(三)2の構成と相まつて、熱媒蒸気の温度が低下した場合、加熱体7を作動させ、その熱量を直ちに熱媒溶液6に与えることができるので、熱媒蒸気室5内の温度の上下をきわめて少なくすることができる。

(五)  被告は、昭和四五年一月ころから、別紙物件目録(一)記載の合成繊維の熱処理装置(以下「本件物件(一)」という。)を、業として製造販売している。

(六)  本件物件(一)の備造を区分説明すると、次のとおりである。

1′ 竪長の密閉容器(1)(番号は、本件物件(一)については、別紙物件目録(一)記載のものを指す。以下同じ。)の表面に、

(1)′ 竪方向の溝(2)を形成し、

(2)′ その密閉容器(1)を、

イ′ その最上位を上部管(3)で、また、その底位を下部管(4)で、

ロ′ 複数個

ハ′ 結合し、

2′ 密閉容器(1)の、

(1)′ 下部及び下部管(4)内に熱媒蒸液(6)を入れ、

(2)′ 熱媒溶液(6)の上方を熱媒蒸気室(5)とし、

(3)′ 熱媒溶液(6)の容積に対し、熱媒蒸気室(5)の容積を大ならしめ、

3′ また、熱媒溶液(6)内に加熱体(7)を設け、

4′ かつ、上部管(3)の上部に排管(8)を備えた。

5′ 合成繊維の熱処理装置。

(七)  本件考案と本件物件と(一)を対比すると、次のとおりである。

1 本件物件(一)の構造1′、2′、3′は、それぞれ、本件考案の構成要件1、2、3と同一である。

2 本件物件(一)の構造4′は、付加的装置に過ぎない。

3 本件物件(一)の構造5′は、本件考案の構成要件4と同一である。

4 右のとおり、本件物件(一)は、本件考案の構成要件をすべて具備しており、したがつて、また、本件考案の作用効果と同一の作用効果を奏するものである。

5 以上のとおりであるから、本件物件(一)は、本件考案の技術的範囲に属する。

(八)  よつて、原告、は被告に対し、本件物件(一)の製造販売の差止を求める。

二  請求原因に対する被告の答弁及び主張

(一)  請求原因(一)、(二)、(三)は認める。

(二)  同(四)は否認する。

1 原告は、本件考案の作用効果として、捲縮糸条が溝2内を移動する際、これを三方より加熱し、捲縮状態をヒートセツトすることを可能にしている旨主張する。しかし、捲縮装置から出てくる捲縮糸条が、密閉容器に接触しながら、これに形成されている堅方向の溝を移動する場合においては、主として、接触面からの伝導熱によつて加熱されるのであつて、接触していない他の二面からのふく射熱による加熱は、問題にならない位少ない。したがつて、本件考案の糸溝の横断面が、本件考案の図面第三図のようにU字型であるということは、捲縮糸条が密閉容器に接触しながら移動する場合において、糸条をガイドする作用効果は有するけれども、加熱自体について特別の作用効果を有するものではない。

2 原告は、本件考案の作用効果として、複数個の密閉容器1の内部温度を均一にし、同一温度でヒートセツトすることができること、複数個の密閉容器1を均一に加熱することを可能にすること、装置全体の温度変化がきわめて少なく均一温度でヒートセツトできること、熱媒蒸気室5の温度の上下をきわめて少なくすることができることなどを主張する。ところで、複数個の密閉容器内の熱媒蒸気室を上部連通管で結合すれば、各蒸気室内に充満している蒸気の圧力は、確かに均一となる。蒸気には、圧力に対応する飽和温度があり、同一物質の飽和蒸気は、圧力を同一にすれば、温度も同一となる。したがつて、特定の熱媒溶液を加熱して蒸気室に当該熱媒飽和蒸気を充満させた場合、異物質蒸気(不純ガス)が含まれていなければ、圧力を同一にすることによつて、温度を同一にすることができる。しかし、熱媒溶液は、必ず不純物が含まれており、本件考案にかかる熱処理装置を作動させれば、次第に蒸気室内の不純ガスの量が増加し、この不純ガスは、比重の関係で蒸気室の上部に滞留する。不純ガスが混在すれば、その分圧により、合成圧力が同一でも、熱媒蒸気の分圧が低下し、その飽和温度が低くなり、熱伝達が悪くなるから、不純ガスがたまつている上部の温度は降下し、温度は均一にならない。本件考案にかかる合成繊維の熱処理装置の温度低下の程度について、公告日昭和四三年七月一日の特許公報(特許出願公告昭四三―一五五八三)(乙第一五号証)には、一度C以上と記載されており、また、被告の実験結果が記載されている公告日昭和四六年九月三〇日の実用新案公報(実用新案出願公告昭四六―二八二五六)(乙第一六号証の一)によれば、容器の真空封じをした直後に温度を上げた場合に、容器の各部ともに一九一度Cであつたものが、それから四八時間後に、最上部付近のみ一八三度Cに低下した例がある。合成繊維の熱処理装置は、毎日二四時間連続作動するのであつて、休止するのは、年間を通じてわずか数日であり、そして、実際の使用上容器各部の温度差として許容されるのは、プラスマイナス二度C程度であるから、実際の使用した場合、密閉容器の圧力を均一にすることにより温度が均一になるのは、作動当初のみで、早ければ数日後、遅くとも数十日後には、不純ガスの影響で上部の温度が、少なくとも一度C以上、多ければ一〇度C近くも低下するというのでは、合成繊維の熱処理装置として実際の使用に供することはできない。

なお、不純物を含まない熱媒溶液を作ることは、理論的には可能であるとしても、現在の技術では、工業的には可能であるとしても、現在の技術では、工業的には不可能であるし、また、不純ガスが生じたときに、一々熱媒溶液を取り替えるのでは、合成繊維の熱処理装置として実際の使用に耐えることはできない。

(三)  同(五)については、製造販売の始期を除き、その余の事実は認める。

(四)  同(六)は認める。

ただし、本件物件(一)の特徴は、次の点に存する。

1(1) 下部管(4)に熱媒溶液(6)を入れるが、下部管(4)の下部にだけ入れるのであつて、下部管(4)の上部は、熱媒蒸気室としている。

(2) 右構造による本件物件(一)の作用効果は、次のとおりである。

イ 複数個の密閉容器(1)の熱媒蒸気室(5)は、下部管(4)上部の蒸気室を通じて結合されているので、各蒸気室(5)内の圧力は、均一となる。

ロ 本件物件(一)は、前述の圧力、温度及び不純物の関係を考慮し、複数個の密閉容器(1)を底位で結合する下部管(4)の上部を熱媒蒸気室(5)とすることによつて、前述のとおり、各密閉容器(1)の蒸気室(5)内の圧力を均一とするとともに、後述の上部管(3)の作用効果と相まつて、温度を均一にしているのである。

2 本件物件(一)における上部管(3)は、密閉容器(1)の最上位にあり、不純ガスを一括して収納するための溜であつて、上部管(3)内に一括収納された不純ガスを排管(8)を通じて外部に排出する点に、作用効果上の特徴があり、本件考案の上部連通管3とは、別異の部材である。

(1) 加熱体により熱媒縮液(例えば、ダウサム)を熱すると、蒸気が発生し、室内に熱媒飽和蒸気が充満する。熱媒飽和蒸気は、密閉容器の内壁に接触して凝縮し、これによつて熱伝導が行われて密閉容器の溝や外壁を加熱し、凝縮液は、密閉容器の内壁面を降下して熱媒溶液に入り、再び熱せられて蒸発する。右現象が繰り返される。

(2) ところで、熱媒溶液の中には、低沸点の不純物が含まれており、これら低沸点不純物質の蒸気は、熱媒蒸気と異なつて凝縮せず、比重の関係で密閉容器の最上位へと次第に滞留してくる。不純物がたまつた部分は、熱伝導が悪くなり、下部に比較して温度が降下する。したがつて、不純物をそのまま放置すると、密閉容器各部の温度分布を均一にすることができず、合成繊維の目的を達しえないことになる。

(3) 本件物件(一)、密閉容器(1)の最上位に上部管(溜管)(3)を設け、この上部管(3)は、密閉容器(1)の最上位に連通してあるので、密閉容器(1)内の不純ガスは比重の関係で最上位である上部管(3)の中に一括して滞留し、収納される。収納された不純ガスは、時に、排管(8)を通じて外部に排出されるので、密閉容器(1)内には、不純ガスの混在しない熱媒蒸気のみが充満し、密閉容器(1)各部、ひいては、これに形成されている糸溝(2)各部の温度分布を均一にし、所要とする合成繊維の熱処理を行うことができる。

(4) 本件物件(一)は、密閉容器(1)の最上位の上部管(3)に不純ガスが滞留した場合には、その上部管(3)の上部に排管(8)を備えているから、加熱体(7)に通電動作させ、密閉容器(1)内の圧力を外気の圧力以上に昇圧して排管(8)を一時開封すれば、容易に不純ガスのすべてを排出することができる。

(5) 本件物件(一)の上部管(3)は、複数個の密閉容器(1)をその最上位で結合しているものではあるが、その態様は、密閉容器(1)の最上位に一本の管を配置し、密閉容器(1)の蒸気室(5)に発生する不純ガスを流入させるよう構成したものである。上部管(3)は、専ら前述の不純ガス排出のための作用効果を目的としたものである。

(6) 本件考案の装置では、実際の使用上発生し各密閉容器の最上位に滞留する不純ガスを排出することができない。

(7) 以上のとおりであつて、本件物件(一)の上部管(3)は、本件考案における上部連通管とは、別異の技術的思想に基づいて設けられているものである。単に上部にあるからといつて、本件物件(一)の上部管(3)を本件考案における上部連通管と対応させることはできない。

(五)  同(七)は争う。

本件考案と本件物件(一)とを対比すると、次のとおりである。

1(1) 本件考案では、複数の密閉容器の熱媒蒸気室を上部連通管で結合し、各蒸気室内の圧力を同一にするのに対し、本件物件(一)では、複数の密閉容器(1)の熱媒蒸気室(5)を下部管上部(4)の蒸気室を通じて結合し、各蒸気室(5)内の圧力を同一にする。

本件考案の明細書中には、下部連通管の中に熱媒溶液を充満することを明言した字句は見当らないが、本件考案は、上部通管によつて複数個の密閉容器の熱媒蒸気室内の圧力を均一にするものに限定されていると解すべきである。けだし、若しも、上部連通管がなくても圧力が均一になるのであれば、上部連通管は、作用効果上無意味な存在といわざるをえないからである。

(2) ところで、前述のとおり、熱媒溶液の中には低沸点の不純物が含まれており、凝縮しないで密閉容器の最上位へと次第に滞留してくる。この不純ガスを放置すると、密閉容器各部の温度分布を均一にすることができないのであるが、本件考案では、不純ガスについて考慮していないから、実際の使用に際し、密閉容器の内部温度を同一にすることができないのに対し、本件物件(一)では、複数個の密閉容器(1)の最上位に、不純ガスための管(3)を設け、次第に発生する不純ガスを一括してこの中に収納し、これ以上収納できないという段階になれば、これを、排管(8)を通じて排出し、もつて、密閉容器(1)の蒸気室(5)には、純粋の熱媒飽和蒸気が充満するようにし、これによつて、各部温度の均一化を図つているのである。すなわち、本件物件(一)の最上位にある上部管(3)は、本件考案の上部連通管と異なり、各密閉容器(1)の蒸気室(5)の熱媒飽和蒸気の圧力を均一にする作用効果を目的とするものではなく、専ら、不純ガスの溜及び排出のための部材である。

(3) したがつて、本件物件(一)の上部管(3)を本件考案の上部連通管と対比させることはできない。本件物件(一)は、本件考案の不可欠の構成要件である上部連通管を欠くものである。

2(1) 本件考案の明細書の詳細な説明の項の「捲縮糸条の数に応じて密閉容器1の数を増減することが出来る。」(本件考案の実用新案公報一頁右欄三三、三四行目)との記載及び図面によれば、本件考案の上部連通管及び下部連通管は、図面記載のとおり、それぞれ複数個あつて、これにより複数の密閉容器を順次結合したものが、本件考案の装置であると解するのが相当である。

(2) 仮に、上部連通管及び下部連通管が、右の構造でなく、複数の密閉容器に共通の一本のものであるとすれば、前述の「密閉容器の数の増減」という効果を奏しえない。

(3) 更に、若しも、複数の上部連通管が、複数の密閉容器の頂部で各密閉容器を連通するとすれば、工作上、熔接作業がきわめて困難であり、工作常識からいつて、このような構造は、当業者の採らないところである。したがつて、本件考案における上部連通管は、必然的に本件考案の図面に示すように、密閉容器の頂部を避けて取り付けることになるのであつて、各密閉容器の頂部を連らねた共通の空所を形成する場合は考えられない。

3 以上のとおりであつて、本件物件(一)の上部管(3)は、本件考案の上部連通管とは、構造及び作用効果を異にするものであつて、本件物件(一)は、本件考案の必須の構成要件である上部連通管を具備していないのであるから、本件考案の技術的範囲に属しない。

(六)  先使用による通常実施権を有することの仮定抗弁

仮に、本件物件(一)が、本件考案の技術的範囲に属するとしても、被告は、本件実用新案権について、先使用による通常実施権を有するものである。すなわち、

訴外只野伸、同大矢弘三、同早川金次郎は、本件考案の内容を知らないで、昭和三五年六月、別紙物件目録(二)記載の合成繊維の熱処理装置(以下「本件物件(二)」という。)を考案し、被告は、そのころ、右訴外人らからその考案を知得し、同年一〇月以降、本件考案の出願当時においても、右考案の実施として、AHM―七型、AHM――七―二型、AHM―七―三型と称する合成繊維の熱処理装置を日本国内において製造販売していた。

本件物件(二)の構造を区分説明すると、次のとおりである。

1 堅長の密閉容器(1)(本件物件(二)についての番号は、別紙物件目録(二)記載のものを指す。以下同じ。)に、

(1) 堅方向の溝(2)を形成し、

(2) 該密閉容器(1)を、

イ 上部連通管(3)及び下部連通管(4)で、

ロ 複数個、

ハ 結合し、

2 密閉容器(1)の、

(1) 下部及び下部連通管(4)内に熱媒記液(6)を入れ、

(2) その上方を熱媒蒸気室(5)とし、

(3) 蒸気室(5)の容積を熱媒溶液(6)のそれよりも大ならしめ、

3 また、熱媒溶液(6)内に加熱体(7)を設けた、

4 合成繊維の熱処理装置。

右のとおりであつて、本件物件(二)の構造は、本件考案の構成要件と同一である。もつとも、密閉容器の溝の形成されている面が、本件考案の実施例の図面では、湾曲し、かつ。同一方向を向いているのに対し、本件物件(二)では、真直であり、かつ、向き合つているが、右差異は、単なる実施形式上の差異と解すべきであつて、考案としての同一性を失わしめるものではない。

ところで、本件物件(二)は、糸溝の形状等において、本件物件(一)とも異なつているのであるが、本件考案の実用新案登録請求の範囲の項には、糸溝の形状についての記載はないし、密閉容器の配列について、並列とも対向とも記載されていないし、また、複数個とあるが、三個以上と限定されているわけでもない。本件考案の実用新案登録請求の範囲の項の記載を、詳細な説明の項や図面の記載を参斟することなく、字句に拘泥して読み、これを基準として、本件物件(一)が本件考案の技術的範囲に属するというのであれば、本件物件(二)との異同についても同一基準によるべきであり、そうすれば、本件考案も、本件物件(一)も、同(二)もすべて同一の装置であるといわざるをえない。

そこで、仮に、本件物件(一)が、本件考案の技術的範囲に属するとすれば、同時に、本件物件(一)は、本件物件(二)にかかる被告の実施行為によつて客観的に表現されている考案の範囲内における、実施例ないしは実施形式の改訂変更に過ぎない。すなわち、被告が、本件考案の出願の際に実施していた考案の具体的構造は、本件物件(二)であるが、同物件は、被告が実施していた考案の一つの実施例ないしは実施形式であつて、被告の先使用権の対象は、本件物件(二)の具体的構造に限られると解すべきではない。本件物件(一)も、被告が、本件考案の出願の際実施していた考案の範囲に属する一実施例ないし実施形式である。したがつて、本件物件(一)も、被告が先使用権を有する考案の範囲内にある。

そして、被告は、本件物件(二)の製造販売を事業としていたものであるから、本件物件(一)を製造販売することも、実施していた事業の範囲内というべきである。

旧実用新案法は、実用新案の対象を、「物品の型の考案」(旧実用新案法第一条)としていたので、考案の対象が、型自体か、その背後にある考案かについて考えが分れていたが、昭和三五年四月一日施行の改正法においては、明文上、考案が対象とされるようになつたのであるから、先使用権についても、被告が主張するとおり、型を離れて解釈すべきである。

よつて、被告は、実用新案法第二六条、特許法第七九条に基づき、本件物件(一)の製造販売について、先使用権をもつて原告に対抗できるものであるから、原告の本訴差止請求は許されない。

三  被告の主張に対する原告の反論及び答弁

(一)  本件考案の作用効果について

1 被告は、本件考案の堅方向の溝2に関する本件考案の作用効果について、溝が、例えばU字状の場合、これには、糸条をガイドする作用効果はあるけれども、加熱自体について特別の作用効果はない旨主張するが、右主張は、次の三点において誤つている。

(1) 被告の主張自体によつても、ガイドする作用効果はあるというのであるが、ガイドするということは、接触するということであるから、溝壁より受熱することは、被告自身も認めているというべきである。

(2) 次に、溝を移動する糸条は、一定方向に回転しながら移動するのであるから、必ず溝壁に触れるのであつて、溝底のみから受熱するものではない。

(3) また、糸条は、一定方向に回転しながら下方に移動していくので、糸条の表面の一部は、溝底や溝壁から接触により受熱するのであるが、接触していない部分が、すぐに冷却してしまうのでは、完全なヒートセットはできない。すなわち、糸条の周囲の雰囲気温度を適当に保つことが必要であるが、この温度を保つ目的を達するには、溝底のみでなく、溝壁があり、これから受熱した空気が存在することが重要である。

溝内の空気は、溝壁からの伝導、対流及びふく射の三法によつて受熱し、一定の温度を保つものであり、被告が主張するとおり、接触しない値の二面からのふく射熱による加熱は、問題とならない位少ない。とはいえない。もし、溝壁からの受熱が不必要なら、溝を構成せず、ガイド板二枚を付ければよいはずである。

2 被告は、熱媒溶液には、必ず不純物が含まれているため、上部温度が降下し、温度は約一にならない旨主張するが、この点も、次のとおり誤りである。

(1) 理論的には、別に不純物を含まない熱媒溶液を作るか、不純物により不純ガスを生じたときは、熱媒溶液を取り替えることによつて解決できる問題である。

(2) 仮に、熱媒溶液が、必ず不純物を含むとすれば、他の条件が同一の場合、上部連通管によつて連通した場合とそうでない場合と、いずれが均一温度を保ちうるかということについて考察すべきである。そうすると、上部連通管のある場合の方が、温度を均一にできることは疑う余地がない。

(3) なお、発明ないし考案の場合、誤差がプラスマイナス零というような科学的な同一温度を求めるものではなく、工業的な均一温度をもつて足りるのである。

(4) 被告の主張する不純ガスの問題であつて、本件考案に対する付加的事項の問題であって、本件考案の作用効果を損う問題ではない。本件考案出願当時、不純ガスを抜き出すことは、常識であつたので、本件考案は、これに触れなかっただけのことである。

(二)  本件物件(一)の構造について

1 被告は、本件物件(一)の構造の特徴として、熱媒溶液を入れるのは、下部管(4)の下部だけで、下部管(4)の上部は、熱媒蒸気室(5)としており、これによつて、複数個の密閉容器(1)の熱媒蒸気室(5)内の圧力は均一となり、異物質蒸気が含まれていなければ、圧力を同一にすることにより、温度を同一にすることができる旨主張するが、この実施態様は、本件考案の一実施態様に過ぎないものである(本件考案においては、下部連通管の中に熱媒溶液を充満することに限定していない。)から、これによる作用効果は、本件考案との差異にはならない。

2 被告は、本件物件(一)の上部管(3)は、密閉容器(1)の最上位にあり、不純ガスを一括して収納するための溜である旨主張する。しかし、この主張も、次のとおり理由がない。

(1) 最上位に上部管(3)を設けても、これは、本件考案の上部連通管の一実施態様に過ぎないので、このための特殊効果が、仮にあるとしても、単なる付加的効果の問題に過ぎない。

(2) 本件物件(一)の上部管(3)は、平素、つまり使用中は、各密閉容器(1)の上部を連通して各密閉容器(1)内の熱媒蒸気の圧力を同一にする作用効果を奏しているのであり、不純ガスが溜まつたため密閉容器(1)に所定の作用効果が期待できなくなつた段階で、通常の使用湿度よりも熱媒蒸気の温度を上げ、不純ガスを排管(8)を通じて外部へ排出する段階でのみ、被告の主張する作用効果を奏するに過ぎないのである。

(三)  本件考案と本件物件(一)との対比について

1 被告は、本件考案では、複数個の密閉容器の熱媒蒸気室を上部連通管で結合し、各蒸気室内の圧力を均一にしているのに対し、被告製品では、複数個の密閉容器(1)の熱媒蒸気室(5)を下部管(4)の蒸気室を通じて結合し、各蒸気室(5)内の圧力を同一にする旨主張するが、本件物件(一)においても、上部管(3)で結合し、各蒸気室(5)内の圧力を同一にしているのであるから、両者に異なるところはない。

2 被告は、本件考案では、不純ガスのことが考慮されていない旨主張するが、この点が常識となつていることは前述のとおりであるから、本件物件(一)において、この点が考慮されていても、何ら新味を加えるものではない。

3 被告は、本件物件(一)の上部管(3)は、最上位にあることから特有の作用効果を生ずる旨主張するが、仮に、このような特有の効果があつても、本件考案の上部連通管と同一の作用効果をも奏するものであり、本件物件(一)の上部管(3)は、本件考案の上部連通管に対応させるべきである。

(四)  被告の先使用権の仮定抗弁は争う。

1 本件物件(二)と本件物件(一)とは、明らかにその構造を異にするので、仮に、本件物件(二)について先使用権が認められても、本件物件(一)について先使用権が認められることにはならない。更に、被告は、本件考案の出願当時、本件物件(二)の実施をしていなかつたのである。したがつて、本件物件(一)について、被告に先使用による通常実施権が発生する余地はない。

2 仮に、被告が、本件考案出願当時、本件物件(二)の実施をしていたとしても、本件物件(二)は、被告会社が旧商号コツクス測定器株式会社使用当時の昭和三二年ころ、同社の取締役であつた原告が、その考察をし、部下であつた訴外大矢弘三らに図面を作成させたものであるから、被告に、先使用による通常実施権が生ずるはずはない。

3 本件物件(二)の構造は、次のとおりである。

(1) 堅長の密閉容器(1)二個の間に、一個の堅方向の溝(2)を形成し、

(2) 密閉容器(1)二個を、

イ 相対向せしめて、

ロ 上部連通管と下部連通管とで、

ハ 結合し、

(3) 密閉容器(1)二個の、

イ 下部及び下部連通管(4)内に熱媒溶液(6)を入れ、

ロ その上方を熱媒蒸気室(5)とし、

ハ 蒸気室(5)の容積を熱媒溶液(6)のそれよりも大ならしめ、

(4) 密閉容器(1)二個の下部の熱媒溶液(6)内に加熱体(7)を設けた。

(5) 合成繊維の熱処理装置。

本件物件(二)は、右のとおり、密閉容器二個を向き合わせて結合し、その中間に溝を作り(溝の面を平滑にし、かつ、メツキ加工しなければならないので、二分割させるをえなかつた。)、その溝内を糸条が通過するようにしたものであり、二個の密閉容器が結合されて始めて、一個の合成繊維の熱処理装置としての作用効果を奏するのであつて、密閉容器一個独立では、その作用効果を奏しえないものであるばかりか、本件物件(二)は、密閉容器二個で、完全独立の一個の熱処理装置を構成しており、これを複数個連結するという本件考案の思想は、全く存しないのである。

4 したがつて、本件物件(二)と本件物件(一)とは、明らかに構造及び作用効果を異にしており、仮に、被告が、本件考案出願当時、本件物件(二)の実施をしていたとしても、本件物件(一)について、先使用による通常実施権を取得する余地はない。

5 被告は、先使用による通常実施権成立の要件の解釈について、本件物件(二)を、それから抽出されたより抽象的な構成として把握し、これに、本件物件(二)はもちろん、本件物件(一)も包含されているから、本件物件(一)は、本件物件(二)の実施例ないし実施形式に過ぎない旨主張するが、これは、実用新案法第二六条が準用する特許法第七九条の誤解に基づくものであつて、このような解釈は許されない。このような解釈を採用すると、右抽出把握の仕方によつて、本件物件(二)の実施に当つては予想もしなかつたものまで、包含されるようになるからである。

先使用による通常実施権は、「その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において、その権利について通常実施権を有する。」(特許法第七九条参照)に過ぎないのであつて、先使用による通常実施権の場合には、現実に実施していた、その実施の態様(本件の場合は、本件物件(二))を離れては、先使用権は生じないのである。前述のとおり、本件物件(二)と本件物件(一)とは、構造及び作用効果を異にするから、本件物件(二)を製造販売していたとしても、本件物件(一)についての通常実施権を取得することはないし、仮に、両者の作用効果が同一であつても、本件物件(二)を実施していたから、本件物件(一)を実施しうるということにはならないのである。

第三証拠関係<省略>

理由

一  原告が本件考案についての実用新案権者であること、本件考案の願書に添付した明細書の実用新案登録請求の範囲の項の記載が、請求原因(二)のとおりであること、本件考案の構成要件が同(三)のとおりであること、被告が本件物件(一)を製造販売していること、本件物件(一)の構造が同(六)のとおりであることは、当事者間に争いがない。

二  そこで、前認定の本件考案の構成要件及び本件物件(一)の構造に基づき、本件考案と本件物件(一)とを対比する。

(一)  本件考案の構成要件1は、竪長の密閉容器1に、竪方向の溝2を形成し、該密閉容器1を、「上部連通管3及び下部連通管4で」、複数個結合する構成であるのに対し、本件物件(一)では、竪長の密閉容器(1)の表面に、竪方向の溝(2)を形成し、その密閉容器(1)を、「その最上位を上部管(3)で、また、その底位を下部管(4)で」、複数個結合する構造であるところ、原告は、本件考案の上部連通管3が本件物件(一)の上部管(3)に、本件考案の下部連通管4が本件物件(一)の下部管(4)にそれぞれ該当する旨主張し、被告は、これを争うので、まず、この点について検討する。

1  成立に争いがない甲第二号証(本件考案の実用新案公報。以下単に「公報」という。)及び前認定の本件考案の構成要件に基づいて考案するに、本件考案の上部連通管及び下部連通管について、本件考案の実用新案登録請求の範囲の項及び考案の詳細な説明の項には、単に、「上部連通管3及び下部連通管4」と記載されているだけで、その具体的な構造についての記載はなく、ただ、考案の詳細な説明の項に、その作用効果として、「各密閉容器1を上部連通管3及び下部連通管4で結合したから、各密閉容器1を同一温度にすることができるは勿論、捲縮糸条の数に応じて密閉容器1の数を増減することが出来る。」(公報一頁右欄三一行目ないし三四行目)と記載され、かつ、公報の第一図及び第二図の番号3に上部連通管、4に下部連通管が表示されている。右記載及びその他の考案の詳細な説明の項の記載によれば、本件考案の上部連通管は、密閉容器の上部にあり、下部連通管は、密閉容器の下部にあつて、ともに、密閉容器を複数個結合する管であることが、その要件であると認められる。

他方、本件物件(一)を表示するものであることについて当事者間に争いがない別紙物件目録(一)記載の図面及び図面説明書によれば、本件物件(一)の上部管(3)は、密閉容器(1)の上部にあり、下部管(4)は、密閉容器(1)の下部にあつて、ともに、密閉容器(1)を複数個結合する管であることが認められる。

ところで、被告は、本件物件(一)の下部管(4)は、その下部にだけ熱媒溶液(6)を入れ、その上部は、熱媒蒸気室をなし、その下部管(4)上部の蒸気室を通じるのみ、密閉容器(1)の熱媒蒸気室(5)を結合する部材である旨主張する。しかしながら、前掲甲第二号証及び本件考案の構成要件に基づいて考究するに、本件考案は、その下部連通管について、これに熱媒溶液を充満する構成に限定していないし、かえって、前認定の本件考案の上部連通管及び下部連通管の作用効果についての考案の詳細な説明の項の記載及び公報の第一図、第二図によれば、下部連通管も各密閉容器を同一温度にする作用効果を有するというのであり、また、下部連通管4について熱媒溶液6を充満しないものが図示されているから、下部連通管の上部が、熱媒蒸気を通すものを含むことが明らかであり、この点について被告の右主張のように、本件物件(一)の構造1′が、本件考案の構成要件に該当しないとすることはできない。

次に、被告は、本件物件(一)の上部管は、密閉容器(1)の最上位にあり、各密閉容器の頂部を連ねる、複数の密閉容器(1)に共通の一本の管であるから、複数の密閉容器を順次結合する部材である本件考案の上部連通管に該当しない旨主張する。しかしながら、前認定のとおり、本件考案の実用新案登録請求の範囲の項及び考案の詳細な説明の項には、上部連通管をもつて密閉容器を連通する構成についての具体的限定的な記載はなく、単に、前認定のとおりのその作用効果についての記載があるだけであるばかりでなく、複数の容器を一本の管で結合するか、順次管をもつて結合するかは、当事者の適宜選択し行ないうるところであるから、本件実用新案権の権利範囲を実施例である図面記載の構造のものに限定すべき根拠は存しない。被告の右主張は理由がない。

2  被告は、本件考案は、上部連通管によつて、複数個の密閉容器の内部温度を均一にする作用効果を有するが、それも、その装置の作動当初のみで、早ければ数日後、遅くとも数十日後には、不純ガスの影響で上部温度が低下してしまつて、各密閉容器各部の温度を均一にする作用効果を失うのに対し、本件物件(一)では、下部管(4)上部が、熱媒蒸気室(5)を連通し、上部管(3)は、密閉容器(1)の最上位にあり排出管(8)から排出すべき不純ガスを一括して収納する作用効果のみを有するものであつて、結局、本件物件(一)の上部管(3)は、本件考案の上部連通管とは、その作用効果を全く異にする別異の部材である旨主張する。そこで、この点について検討するに、成立に争いがない乙第一二号証ないし第一五号証、同第一六号証の一、二、第一七号証ないし第二〇号証によれば、熱媒溶液の中に低沸点の不純物が含まれていると、その不純物の蒸気は、熱媒蒸気と異なつて凝縮せず、比重の関係で密閉容器の上位へと滞留し、不純ガスがたまつた部分は、熱伝導が悪くなり下部に比較して温度が降下し、そのまま放置すると、密閉容器各部の温度分布を均一にすることができなくなり、連続作動数日後あるいは数十日後に、不純ガスの影響が現われるものであり、そのため、本件考案の出願後、不純ガス排出のため、合成繊維の熱処理装置の改良の特許出願等が種々されたことが認められる。ところで、本件物件(一)の上部管(3)は、排管(8)と相まつて、不純ガス排出の作用効果を有するものであるとしても、右特許出願等にみられる排出装置ともその構造を異にし、単なる不純ガスの収納、排出のためのみの部材であるとは認められない。けだし、本件物件(一)についての前掲別紙物件目録(一)記載の図面及び図面説明書から認められる上部管(3)の位置及び形状(特に、同図面中、拡大断面図である第4図参照)からみて、上部管(3)は、各密閉容器(1)を連通し、熱媒蒸気室を結合する作用効果を有し、少なくとも、不純ガスの影響が現われるまでの間、あるいは不純ガスを排出した後、熱媒蒸気を各密閉容器(1)間に連通し、密閉容器の温度を均一にする作用効果をも有することは明らかであるからである。なお、熱媒蒸気室(5)が、下部管(4)の上部を通じて結合されているからといつて、前認定の上部管(3)の熱媒蒸気連通の作用効果が失われるものでないことはいうまでもない。本件物件(一)の上部管(3)は、本件考案の上部連通管と同一の作用効果をも有するものというべきである。被告の右主張は理由がない。

3  被告は、本件考案の上部連通管及び下部連通管は、密閉容器の数を増減することができる作用効果を有するが、本件物件(一)の上部管(3)は、密閉容器(1)の最上位に配置された一本の管であつて、右上部連通管の作用効果を奏しない旨主張する。しかしながら、本件物件(一)の上部管(3)も、それを長くし、あるいは短かくすることによつて、密閉容器の数を増減できる作用効果を有するものといわなければならない。被告の右主張は理由がない。

4  以上の判断によれば、本件物件(一)の上部管(3)及び下部管(4)は、本件考案の上部連通管及び下部連通管に該当するものというべきである。

そうすると、本件物件(一)の構造1′は、本件考案の構成要件1を充足するものといわなければならない。

(二)  本件物件(一)の構造2′、3′が、それぞれ本件考案の構成要件2、3に、本件物件(一)の構造5′が、本件考案要件4に各該当することは、前認定の本件考案の構成要件及び本件物件(一)の構造から明らかである。

なお、本件物件(一)においては、上部管(3)の上部に排管(8)を備えているのに対し、本件考案においては、このような排管について触れるところがない。しかしながら、以上に判断したところに徴し、排管の有無が両者を別異の技術とするものとはとうてい考えられず、単なる付加的構造部分に過ぎないものというのほかはない。

(三)  以上のとおりであつて、本件物件(一)は、本件考案の構成要件をことごとく具備し、かつ、本件考案の作用効果と同一の作用効果を奏することも明らかである。

したがつて、本件物件(一)は、本件考案の技術的範囲に属するものというべきである。

三  そこで、次に、被告の先使用権の抗弁について、検討する。

成立に争いがない乙第二一号証、証人大矢弘三の証言及び同証言により真正に成立したものと認められる乙第一号証によれば、被告会社は、昭和三五年一〇月以降昭和三七年二月ころにかけて、本件物件(二)を製造販売してきたものであり、その製造は、堅長の密閉容器(1)二個の間に、一個の壁方向の溝(2)を形成し、密閉容器(1)二個は、溝(2)に設けた面を相対向せしめて、上部連通管(3)と下部連通管(4)とで結合し、密閉容器(1)二個の下部及び下部連通管(4)内に熱媒溶液(6)を入れ、その上方を熱媒蒸気室(5)とし、該蒸気室(5)の容積を熱媒溶液(6)のそれよりも大ならしめ、密閉容器(1)二個の下部の熱媒溶液(6)内に加熱体(7)を設けた合成繊維の熱処理装置(別添本件物件(二)の斜視図参照)であることが認められる。

ところで、先使用による通常実施権は、実用新案出願の際、現に、日本国内において、その考案の実施である事業をしている者、又は、その事業の準備をしている者が、その実施又は準備をしている考案及び事業の目的の範囲内において、その実用新案権について取得するものであつて(実用新案法第二六条、特許法第七九条)、先使用が継続して実施できる範囲は、右のとおり、「その実施又は準備をしている考案及び事業の目的の範囲」に限られるところ、その実施をしている考案の範囲とは、実用新案登録出願の際現に実施していた考案をそのまま引続き実施することができれば足りるのであるから、その現に、実施して来た形式ないし態様の範囲に限る趣旨であると解すべきである。それは、現に実施して来た形式ないし態様を超え、さらにこれから抽出した考案の範囲についてまで、先使用による通常実施権を主張しうるとすることは、その者としては、もともと、考案の時点において、その考案の内容、登録を受けようとする範囲を明示して登録出願し、権利を取得しえたにもかかわらず、これをせず、自らは単に特定の実施の形式ないし態様を示したのみにとどまるところ、後に、他人が出願し権利を取得するにいたつた場合に、その権利に徴し、結局その権利範囲にまで及んで保護を主張せんとするものに帰し、たとえそれが右実用新案権者との対人的関係にとどまるものとはいえ、先願主義をとるわが法制の建前及び両者相互の公平にも適合しないものというべきであるからである。

ところで、前認定の本件物件(一)及び同(二)の構造によれば、両者は、その実施の形式ないし態様を異にすることは明らかであるから、仮に、本件物件(二)に先使用による通常実施権が認められるとしても、本件物件(一)について先使用による通常実施権を認めるに由ないものというべきである。被告の先使用権の抗弁は、理由がない。

四  よつて、原告の被告に対する本訴差止請求は、理由があるので、これを認容することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 荒木秀一 野沢明 清永利亮)

物件目録(一)

図面説明書

図面に記載したものは、被告の製造販売する合成繊維の熱処理装置であり、第1図は、該装置の縦断側面図、第2図は、一部を第1図のII―II線で断面とした正面図、第3図は、第2図のIII―III線部の拡大面図、第4図は、第2図のIIII―IIII線部の拡大断面図、第5図は、第2図のV―V線部の拡大断面図である。

この合成繊維熱処理装置は、捲縮を施した繊維をヒートセツトするものであり、その構成は、竪長の密閉容器(1)の表面に堅方向の溝(2)を形成し、その密閉容器(1)をその最上位を上部管(3)で、また、その低位を下部管(4)で複数個結合し、密閉容器(1)の下部及び下部管(4)内に熱媒溶液(6)を入れ、熱媒溶液(6)の上方を熱媒蒸気室(5)とし、熱媒溶液(6)の容積に対して熱媒蒸気室(5)の容積を大ならしめ、また、熱媒溶液(6)内に加熱体(7)を設け、かつ、上部管(3)の上部に排管(8)をそなえている。

第1図<省略>

第2図<省略>

第3図<省略>

第4図<省略>

第5図<省略>

物件目録(二)

図面説明書

図面(その一)は、被告が製造販売していた合成繊維の熱処理装置の図面である。

図面(その二)は、図面(その一)の説明図であり、判り易いように図面の製品を展開した場合を示してある。

それぞれ、第1図は側面の縦断面図、第2図は一部を断面とした正面図、第3図は第2図の横断面図である。

この合成繊維の熱処理装置は、捲縮を施した繊維をヒートセツトするものであり、その構成は、竪長の密閉容器(1)に竪方向の溝(2)を形成し、その密閉容器(1)を上部連通管(3)及び下部連通管(4)で2個(複数個)結合し、密閉容器(1)の下部及び下部連通管(4)内に熱媒溶液(6)を入れ、その上方を熱媒蒸気室(5)とし、蒸気室(5)の容積を熱媒溶液(6)のそれよりも大ならしめ、また、熱媒溶液(6)内に加熱体(7)を設けている。

図面その1

第1図<省略>

第2図<省略>

第3図<省略>

図面その2

第1図<省略>

第2図<省略>

第3図<省略>

図面その3<省略>

実用新案公報

昭41―4009(公告 昭41.3.11)

合成繊維の熱処理装置

実願  昭37―61046

出願日 昭37.10.19

考案者 出願人に同じ

出願人 小平信久

三鷹市上連雀851

代理人 弁理士 斎藤秀守 外1名

図面の簡単な説明

第1図は本案の合成繊維の熱処理装置の縦断面図、第2図は一部分を断面図で示した正面図、第3図は一部分の拡大横断面図である。

考案の詳細な説明

この考案は捲縮を行つた合成繊維をヒートセツトするための熱処理装置の改良に関するものである。

従来の熱処理装置は横広の密閉容器内に熱媒溶液を入れ、その上方に糸条を加熱する伝熱ブロツクを設け、又密閉容器の外側に加熱体を設けていたので、比較的多量の熱媒溶液を必要とし、これに関連して熱媒溶液の上方の蒸気の容積が減少し熱媒溶液の熱量に比較して極めて多い熱量を有する蒸気を充分に利用することが出来ない。

又、加熱体が密閉容器の外側にあるので、熱媒溶液の温度が所定値より低下した際、鋭敏な調整装置を使用して、加熱体を作動せしめたとしても加熱体の熱が熱媒溶液に伝わるまでには相当の時間を必要とし、細かく温度調整することが困難である。

この考案は斯様な問題点を解決せんとするためのものであり、その構成は竪長の密閉容器1に竪方向の溝2を形成し、該密閉容器1を上部連通管3及び下部連通管4で複数個結合し、密閉容器1の下部及び下部連通管4内に熱媒溶液6を入れ、その上方を熱媒蒸気室5とし、蒸気室5の容積を熱媒溶液6のそれよりも大ならしめ、又熱媒溶液6内に加熱体7を設けた合成繊維の熱処理装置である。

この考案は上述の通りの構成であり、本装置を合成繊維の捲縮装置の捲縮糸条出口に据付け、該捲縮装置から出て来る捲縮糸条を本装置の溝2内に通し、捲縮糸条の自重により徐々に移動するものである。

この際、加熱体7から発生した熱量は直接熱媒溶液6に伝わり、蒸発の潜熱となり、熱媒蒸気室5内を熱媒蒸気で充満し、密閉容器1の溝2を第3図に示す如く三方から加熱する。

従つて、溝2内を移動する合成繊維の捲縮糸条は加熱され、捲縮状態をヒートセツトされるものである。

この考案は上述のような構成ならびに作用を有するものであり、竪長の密閉容器1を使用したから、熱媒溶液6の量が少量で済み経済的であるは勿論、熱媒溶液6の少なくなつた分だけエンタルピの大なる熱媒蒸気の容積を増加することが出来るので、溝2内を通る捲縮糸条に熱を与えても装置全体の温度変化が極めて少なく、均一温度でヒートセツトすることが出来る。

又、熱媒溶液6内に加熱体7を設けたから、加熱体7から発生した熱量をほとんど熱媒蒸気の滞熱として利用することが出来て、熱効率が良いのは勿論、その他熱媒蒸気の温度が低下した際加熱体7を作動させることにより、その熱量をただちに熱媒溶液に与えることが出来るので、熱媒蒸気室5内の温度の上下が極めて少ない。

更に密閉容器1に直接溝2を形成したから、この溝2内を通る捲縮糸条を第3図に示す如く三方から加熱することが出来、温度分布がよく、且つ糸のない場合と通糸状態との温度差を1℃以内に保つことが出来ると共に、溝2の長さを短縮することが出来る。

更に又、各密閉容器1を上部連通管3及び下部連通管4で結合したから、各密閉容器1を同一温度にすることができるのは勿論、捲縮糸条の数に応じて密閉容器1の数を増減することが出来る。

実用新案登録請求の範囲

竪長の密閉容器1に竪方向の溝2を形成し、該密閉容器1を上部連通管3及び下部連通管4で複数個結合し、密閉容器1の下部及び下部連通管4内に熱媒溶液6を入れ、その上方を熱媒蒸気室5とし、蒸気室5の容積を熱媒溶液6のそれよりも大ならしめ、又熱媒溶液6内に加熱体7を設けた合成繊維の熱処理装置。

第1図<省略>

第2図<省略>

第3図<省略>

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